絵日記ブログでコーダの子どもたちとの日常を発信するゆーみんさん

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今回は、ママさん&絵日記ブロガーに焦点を当てたインタビューです。
ママさん、特に聞こえない親として聞こえる子どもを産み育てているママさんは育児の中で様々な壁にぶち当たることがあります。
その一方、子どもと向き合うことで得られる喜びもたくさんあります。
そういうことをブログを使って発信しているゆーみんさんに、子育ての様子や絵日記ブログのことを色々とインタビューしました。
(インタビュー担当者はHAPUNE代表のまみさんです)

 

聞こえない人間としての思いを発信したくてブログを始めた

 

ゆーみんさんは、絵日記ブログでイラストと文章を組み合わせて子どもがいる日常をしたためています。
この絵日記ブログはどうして始めたのかなどをお聞きしました。

 

育児日記から始まった絵日記ブログ

こんにちは!ゆーみんと申します。
先天性の聴覚障害を抱えており、2児の母として子育て奮闘中です。

もともと、絵を描くこと、文章を書くことが大好きでした。
最初は大学ノートに「育児日記」と題して書いていました。
この時はイラストと文章の両方で、今のブログと同じようなスタイルでした。

その後、子どもの成長と共に「聴こえない母親」として思うことも増えてきまして、葛藤・悩み・喜び・そして自分なりに見つけた答え、聴こえない母・聴こえない人間としての想いを、世間に発信したい!と思ったのがきっかけでブログを始めました。

 

ブログは子どもたちが寝静まってから

基本的に、ブログは子供たちを寝かしつけてからの数時間で仕上げています。
下の子もだんだん目が離せなくなってきたので、無理のない範囲でやっています。

 

旦那さんや子どもたちの反応

ブログを始めた当初は1歳だった息子も大きくなり、今では自分のことを書いてくれてる!と嬉しそうで、「何のお話?」と、いつも聞いてきます。「こんな事があったよね」と、エピソードを一緒に振り返ることもあります。

主人は基本、私のブログに興味がないので…(笑)かえってその方がいいんです。こっちも好きなこと書けますしね。(笑)


引用:http://senaka-ponpon.blog.jp/about.html

読者さんたちからの反応

ありがたいことに、聴こえない方や聴こえる方、聴こえないお子さんをお持ちの方、コーダの方、別の障害をお持ちだったり『生きにくさ』を抱えている方…

様々な方から、多くの激励の言葉を頂いております。

「聴こえない人が感じていることが分かった」「ホロリとさせられた」という声から、「寝ている時の子どもの夜泣きはどうやって分かるのですか?」という質問まで色々とありました。

聴こえない子どもを持つ聴こえる親御さんから「聴こえない子どもが生まれ、将来に不安がありましたが、ブログを見て元気になれました」という声を頂き、とても嬉しく思いました。

また、聴こえない人の立場でブログを書いておりますが、よくよく考えてみると、聴こえる聴こえない関係なく、根本は誰もが同じように抱えている問題だったりすること。

また、観点を変えてみると、新たな「気づき」が生まれるということ。

それらを私のブログから深く読み解いて下さる方が沢山おられ、大変恐縮ですが、本当に有り難く思っております。

 

 

子育て、聞こえない親として思うこと


子どもは上が男の子、下が女の子です。そして、どちらも耳が聞こえます。
子どもとのコミュニケーションは基本的に口話でやっています。
それだけでは伝わらないところもあるので、補助として簡単な手話、指文字を使用することもあります。

口話、手話にこだわらず、いろんなコミュニケーションの形を取り入れていけたらと思っています。

実は、この子育ての中で色々と思うこともありました。
今までの子育ての中で印象に残っているエピソードを話しますね。

 

子どもの言ってることが分からなくても諦めない

息子が1歳くらいの頃でしょうか。言葉がだんだん出てくるようになり、突然単語をパッと言うんだけれども、それが何なのかわからないんです。
1~2歳だと、発音も口形も不明瞭で聞き取れないし、口も読み取れない。

もともと健常者でも、まだ1-2歳のお子さんの言っていることは分からない(喃語ともいう)という方も多いと思いますが、耳が聞こえないと尚更もっと分からなくなります。

「これ?」「ううん」「あれ?」「ううん」…息子も伝わらないのがもどかしくて、だんだん機嫌が悪くなってくるんですよ。(汗)


私もできる限りアンテナを張って、「テレビ?絵本?何を見て、そう言ったのかな?」と色々質問したり、常に頭が検索モードでした。
そこを抜けて、二語文・三語文とかになってくると、少し楽になるかな。

そして2~3歳くらいになると、子供の方にも歩み寄ろうとする気持ちが芽生え、伝わらない場合、別の言葉に言い換えることができるようになりました。
まだ小さいのにすごいな!って純粋に思いました。(笑)

このエピソードを書いた記事があります。

【怒れる茶の間戦士】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/16421376.html

また、これとは違いますが、似たようなエピソード記事もあります。

【ママにわかるように話して!】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/1886189.html

 

出来ないと思うのではなく出来るように考えることが大事

もう一つのエピソードは、糸電話とか、内緒話ができないということ。


最初は「聴こえないからできないよ~」って言ったんです。
そしたら息子が、すっごいショボーンとしちゃって。(笑)
慌てて「えーと、えーと…」って考えて、「じゃあ糸電話持って、でもコップは口に当てないで、ママに見せてお話しして」とか「お母さんにとっての内緒話は、口パクだよ」とか、聴こえないなりにできることを一緒にやってみる。

理想の形とはちょっと…いや、かなり違うけれども。やってみた結果、嬉しそうに笑顔を見せてくれるんですよね。
「できない」で終わるんではなく「どこまでだったらできるかな」と一緒に考えてみることも大事なのかなと思いました。

このエピソードを書いた記事はこちらです。
【くちパク×ないしょばなし】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/1885819.html

 

子どもたちからの聴こえない母親への理解

子どもにとって、やはり「親が手話を使う」ということは慣れないということがあるかもしれません。
例えばこのようなことがありました。

 

手話しないで!と言われた

息子は、私が手話を使うことに抵抗があった時期がありました。

3歳くらいのとき、私が聴こえない友人数人と手話で談笑していたら、突然すねて怒り出したんです。
よくよく話を聞いてみると、「ママが手話を使うと、僕は何のお話か分からなくなるから寂しい(嫌だ)」ということでした。

その時は息子の気持ちを大事にしつつ、「ママの友達には聴こえる人、聴こえない人、手話を使う人、使わない人…、色々な人がいるんだよ」と話しました。

 

今は、心の中ではどう思っているかは分かりませんが、「お友達と手話でお話してもいい?」と聞くと、「いいよ~!」と言ってくれるようになりました。

この先も少しずつ、無理なく馴染んでくれたら…と思っています。

このエピソードを書いた記事があります。
【手話しないで! 前編】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/7508161.html
【手話しないで! 後編】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/7508161.html

 

子どもに悲しい思いをさせたことも

息子がハイハイし始めた頃の話です。
夏でした。夜、息子を寝かしつけて、抜き足差し足で寝室を抜け出し、隣のリビングでくつろいでいたんです。
5~10分くらいして、突然、背中にドンっと衝撃が走りまして。振り返ったら、全身汗びっしょりの息子がいて、わぁわぁ泣いてるんですよ。

多分、寝室で目が覚めて、泣いて私を呼んだけども来ない。ならば自分でママのところに行こう、と思ったんじゃないかな。
まだハイハイできるようになったばかりなのに…
こんなに汗かいて、頑張って私の所まで這ってきてくれたんだな、「ぼく泣いてるよ!」と、知らせに来てくれたんだな、と。

もう胸がキューーーっとなりまして。泣きながら、息子をぎゅっと抱きしめました。今思い出しても涙が出ます。

その時、耳掃除か何かをしてて、たまたま補聴器を外していたんですよね。
なので本当に気づいてあげられなくて…申し訳なかったなと思っています。

このような場面のとき、「あぁ、耳が聴こえてさえいれば、辛い思いをさせなくて済んだのかな」って一瞬思うんです。
たらればを言っても仕方ないと頭ではわかっていても、それでも考えちゃう時はありますね。

これとは違いますが、似たようなエピソードを書いた記事があります。
こちらに前後編に分けて書いていますので、宜しければご覧ください。

【ママ、返事してくれなかった 前編】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/2454919.html

【ママ、返事してくれなかった 後編】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/2480619.html

 

親に合わせて対応してくれる子どもたち

それでも、こんな嬉しいこともありました。
実は、子どもたち、特に息子が「お母さんは耳が聴こえない」ということを分かってきたのかな?と感じたエピソードがあります。

息子が1歳になる前、言葉を発するようになってきたときから、私の方を見て喋っていました。
この時は私の耳が聞こえないということを認識したわけではないけど、なんとなく分かってきたのかな?と思います。

また、私のことを呼ぶとき、側まで来てくれたり、体をポンポンと叩いてくれるようになった時は、感動しました。


これからも少しずつ少しずつ、聴こえないということを理解してくれればと思います。

【肩をポンポン】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/1886025.html

 

いつかは上の子が下の子に教えることも・・?

今、息子が4歳、娘が0歳です。

息子は段々しっかりしてきて、私が聴こえないということも分かるようになってきています。

なので、もしかしたら息子が娘に「ママは聴こえないからこういうふうに話すんだよ」というふうにお話するときが来るのかなぁ…と、ワクワクしています。

娘はまだ赤ちゃんなのですが、最近私に口を見せて「ママ、ママ」と言うようになりました。意識はしていないのかもしれませんが、もしかすると…頭のどこかで、『ママは聴こえない』ということを理解しているのかもしれませんね。(笑)

 

コーダの子どもと向き合うということ

一番思うのは、子どもたちに対して誇れる自分でいたい、ということ。聴こえない自分を卑下せず、自信を持つこと。
自分で自分を認めてあげるって、なかなか難しいことなんですけどね。(笑)大事なことだと思います。

 

「聴こえないお母さんでごめんね」とは言わない

子どもたちの人生には一生、「聴こえない母」がついて回るわけであって、何かと大変な思いをさせるかもしれません。
だけど、それは事実なので「聴こえないお母さんでごめんね」って言っちゃいけない。

言いたくなる場面、今まで何度もありましたし、これからもあると思いますが、それは絶対に口に出さないと決めています。

自分を否定してしまったら、子どもたちの存在をも否定することになってしまいます。それは有り得ないことですし、生まれてきてくれてありがとう、って本当に思っていますので。

聴こえなかったからこそ、出会えた子どもたち。

彼らには自分に自信を持って生きていってほしいので、まずは私が良いお手本になりたいですね。(笑)

 

子どもと向き合うために常に事実を伝える

我が家では、どんなに難しい内容でも、事実を伝えています。
子どもにわかりやすく噛み砕いて話すようにはしていますが、時には大人の言葉で、ストレートに言った方が伝わる場合もありますね。
子どもだからわからないだろう、ではなく。子どもだって、ひとりの人間ですからね。
わからなくても「伝える」ことは大事だと思います。今はわからなくていい、いつかわかるよ、と。

 

解決策を一緒に考えるようにする

後ろから何度も「ママー!」と呼んでいるのに、気づけなかった時は
「後ろから呼んでもわからないから、背中や肩をポンポン叩いてね、そうすればわかるよ」と、伝えます。

字幕がなくて、テレビの内容がわからなかった時は
「テレビはどんな内容だったのか教えてくれる?それともネットで調べたら、少しはわかるかな~?」と、色々聞いたり相談したりします。

「できない」「わからない」ことでも、子どもと解決策を一緒に考えることで、気持ちも前向きになれるような気がします。
今では子供も様々な手段を提案してきたり、「グーグル先生に聞いてみなよ」と言ってきます。(笑)

 

 

育てているのは「通訳」ではなく「子ども」

私はなるべく、通訳はさせたくないです。
基本、第三者は挟まず、自分でコミュニケーションを取りたいタイプなので。(甘え下手とも言いますが…苦笑)
でも、そこを頑なに拒んでも可愛げがない!って言われることもあるんで、最近は考え方を改めたんです。
子供も家族の一員ですし、できないことを補い合うとか、お手伝いみたいな感じならOK。
例えばインターホンが鳴ったら知らせてくれるとか、冷蔵庫の閉め忘れを教えてくれるとか。

お手伝いの延長で、簡単な通訳なら、もし子どもがやりたい!って言ったら「依頼」として、お願いするかもしれません。
その場合は、通訳の内容によりますね。
子どもの年齢、持っている語彙、情報量、内容によっては、酷なものもあるでしょう。それはさせたくないですね。
私が育てているのは、通訳ではなく子どもなので。そこは守っていきたいです。

 

自分で自分を理解する

まず、自分の耳が聴こえないということ。

そして、聴こえないだけでなく、「何がどう聴こえないのか」「どう対応すればよいのか」などを周りにきちんと説明できること

例えば、私は耳が聴こえないけれど、正面に立ってもらって口をきちんと見せながらゆっくり話してくれると助かります、または筆談でお願いします、みたいな感じで周りに伝える力を磨くこと。

そしてコミュニケーションが大好きで、なんだかんだ言って、聴こえない人生を楽しんでいるということ。

それがあれば、いつでもどこでも子どもたちと向き合えるような気がします。

 

色々あるけれど楽しんでます

「耳が聴こえない」ということは、一般的に見たら「大変そう」かもしれません。

でも、「聴こえない生活」も、なかなか楽しいものですよ。(笑)

 

補聴器のハウリングを利用して・・!?

息子がまだ小さいころ、耳につけている補聴器を引っ張って遊んだりすることがありました。

「壊れると悪いからダメだよ」と言っても聞かず、面白がってふざけているので、そういうことなら応戦してやろう!と、私も補聴器をわざと外して、ハウリングさせながら、息子を追いかけまわして遊んでいた事がありました(笑)

「ダメ!」と怒るだけではなく、私も気を抜いて一緒になってふざけて遊ぶのも楽しいですね(笑)

このエピソードを書いた記事があります。
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/1886170.html

呆れられながらも間違いを楽しむ

時には、子どもの口の読み取り間違いをすることがあります。

そういう時でも、息子は「またか~」と言いながらも楽しんでくれているのでありがたいです(笑)

もちろん、読み間違えたら大変なことになることもあるので、何度も聞き返して確認したり、また分かりづらい時は簡単な手話や指文字を使うこともあります。

家の中にも、壁に文字と指文字を書いた紙を貼って、子どもたちがいつでも見られるようにしています。

息子は、ほぼ指文字をマスターしているので、自分の名前を指文字で表して「えっへん!」という顔をしています。(笑)

(ゆーみんさん家の指文字表)

このエピソードを書いた記事があります。
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/13177966.html

 

消しゴムハンコ作家もやってます

「三日月の朝」という名前で、消しゴムハンコ作家をやっています。

現在は、オーダーやminne、委託販売などで作品を販売しています。

 

三日月の朝の由来

夜明け前の、空の色がすごく好きで。どんな屋号にしようかなぁと考えていたとき、夜明け前の空に三日月が昇っている情景がパーンと頭に入ってきて、もうこれだ!と思いました。

一日の始まりを連想させるような、それでいて誰かの心にそっと寄り添うような、身近でほっと一息つける作品を作りたいな、という想いから来ています。

 

消しゴムハンコへの思い入れ

職人による、手彫りの消しゴムはんこは、世界でたったひとつだけの『使えるアート』です。

素材が「消しゴム」、使用目的が「はんこ」であるため、文房具の類に括られてしまいがちなのですが、図案の考案から始まり、ひとつひとつが手彫りの為、製作にはとても時間がかかります。それなりに価値のあるものだと、私は思っています。

 

使用用途

主にお手紙や、お子様の宿題や連絡帳、お仕事などでご使用頂いております。
指文字はんこのご注文も頂いております。

ちなみに、息子のカバンにもハンコをポンポンと押しています。

喜んで使ってくれているので、私も嬉しいです。

持ち物にハンコを押して、オリジナルデザインにするのもおすすめですよ♪

 

作品紹介

画像をクリックするとminneの購入ページに飛びます。
(指文字ハンコはオーダー品なのでリンクはありませんが、購入したい時は本人に連絡して下されば大丈夫です)

指文字はんこ(オーダー品)

お花と女の子のはんこ

口のカタチのありがとうはんこ

その他の作品はminneで販売中です。https://minne.com/@memehanko

伝えたいこと

 

こどもたちへ

どうやら君たちは「コーダ」っていうらしいんだけど。

コーダという言葉は、君たちが生まれる前から、知識として知ってはいました。

だけど実際自分の子が「そうなんだ」って思ったとき…

「カッコいいなぁ!」
「羨ましい」
「コーダっていうキーワードを覚えておけば、将来似たような仲間が見つかるかも」
「別にそんな括り要らないんじゃないの」
「いや、やっぱり要るか。大きくなって、ぼくたちわたしたち何者なのって聞かれたときに『コーダだよ』ってサラッと言えばいいか。そしたら自分で調べるだろうし」

と、実に…実に、色んな事を思いました。

 

あくまでも、メインは「君たち」。そこに「コーダ」ってのがチョンとくっついてるだけっていうのが、私の認識。

なぜなら私自身も、メインは「私」で、「聴こえない」ってのがチョンとくっついてるだけだと思っているから♪

まぁこの「チョン」が、結構自己主張してくるヤツなんだよねぇ。(笑)
お互い、色々考えさせられるよねぇ。(笑)

なのでコーダという枠にとらわれず…
といっても、この枠が必要な時もあるだろうし、不要な時もあるでしょう。

それで良いと思います。

君たちの人生は、君たちのものです。

真っ白いキャンパスに、どんな色をつけるかは君たち次第。

一度きりの人生を、こころ豊かに、あとは体に気をつけて、楽しんでいってくれたらと思います。

 

【聴こえない親をもつ聴こえる子ども】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/16682062.html

【遠く離れた地で、同郷の日本人を見つけた気分】
http://senaka-ponpon.blog.jp/archives/16990459.html

 

読んでいただいたみなさんへ

私は、自分が聴こえないことや、子どもたちがコーダだとか、日頃から常に意識しているわけではありません。

「あ、そういえば私聴こえなかったな」「あ、そういやコーダっていうんだっけ」って、何かの折に思うぐらいです。(笑)

そんなお気楽人間ですので、このインタビューの内容も、あくまでも自分の持論を述べているだけに過ぎません。
なので、「これが正解」だとは思いません。それぞれの親子で、正解の形は異なると思いますので…。

大事なのは、もし自分だったらどうだろうと、相手(子ども)の立場になって考えてみること。

相手の感情を決めつけず、「どう思う?」「どうしたら良い?」と、話をすること。
聞いてみて初めてわかることもたくさんあります。
当たり前ですよね、子どもだって、ひとりの人間ですから。

相手がどんな人間なのか。

何が好きで、何が嫌いなのか。

何をしたら喜ぶのか。何をしたら悲しむのか。

子育てを含め、人間関係を構築していく上で「相手を理解すること」は、とても大切な過程だと思います。

 

そして『足掻く』ということ。

これは私にとっては、ある意味『生きている実感』だったりします。

目の前の試練を、どうやって解決していこうか、こっちの道から行こうか、あっちの道から行こうか、と考える事は、苦しいんだけども、とてもスリリングでワクワクします。(試練の程度にもよりますが。笑)

今後も自分なりに『生きている実感』を得ながら、『聴こえない人生』を楽しく歩んで行きます☆

 

【コメント】

ゆーみんさんのインタビューをする前からブログを色々と見ていたのですが、ゆーみんさんは全体的にとても聡明で自分というものをよく分かっている印象を受けました。
また、「私は聴こえないんだから」というふうに聴こえないということに甘えず、子どもたちと向き合う心にグッときました。
それがあるからこそ、子どもたちもこれからもずっとゆーみんさんと向き合いながら、まっすぐに育っていきそうな気がしました。
そしてそれを見守るご主人もきっと良い方なんだろうな、と感じました。
ちなみにご主人はブログは見ていないとのことですが、もったいないのでぜひ見てほしいなと思っています(笑)

【ゆーみんさんのブログ】

背中をポンポン http://senaka-ponpon.blog.jp/

【消しゴムハンコ】

三日月の朝 https://minne.com/@memehanko

 

(文責:HAPUNE代表 まみ)

ABOUTこの記事をかいた人

きこえない人(聴覚障害者、ろう者、難聴者、中途失聴者)ときこえる人(健常者)の間の壁をなくしていく団体HAPUNEの代表。 インタビューを中心にマルシェなど様々なこともしています。